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三重ログ

三重県の観光、グルメ、イベントなどの魅力を伝えるブログです。

伊賀流忍者博物館の本館を紹介。

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あなたにおはようございます!

朝4時作家の十六夜ヒロと伊賀流忍者の秘密に迫りたいアルカネットです。

 

大阪人に指鉄砲で撃ったら、死ぬリアクションをとって笑いを取ることが多いのですが、三重県民は忍者の血を引いているのか、避けたり、弾を手でつかんだり、弾き飛ばしたりするリアクションを取ることで有名です。  (笑)

 

そんなこんなで、伊賀流忍者博物館のメインフロア、忍術体験館と忍者伝承館をまとめて紹介するに。

忍術体験館は地下フロアにある。そして、忍者伝承館は地上にある。これらは基本料金で見ることができる。

 

GoogleAdSenseに無事合格承認されたから、武器を展示することができるに。これでホッとしたわな。

伊賀流忍者博物館には、手裏剣や忍者刀などが展示されている。その当時に忍者が使っていた本物だ。(レプリカがあるかもしれないが定かではない。まぁ、腐りやすかった五色米は再現されたものかもしれないが。)

 

手裏剣一つとっても、いろいろな種類があるんやに。様々な写真から厳選して12枚お送りしますに。

それじゃ、百聞は一見に如かず。本文行ってみよう。

 

移動の手段は様々。水蜘蛛の真実。

 

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忍者の秘密道具といえば、移動手段が豊富だったことが挙げられる。

忍び鎌や縄はしご、水蜘蛛や水かきが挙げられる。

 

特に書いておきたいのが、水蜘蛛の真実だ。

水蜘蛛で実際に水を渡ろうとしたら、巨大な発泡スチロール製の道具で用意せんと水の上を歩けないんやに。しかも荷物がかさばるし、そもそも当時は発泡スチロールは存在しなかったんやに。

これから水蜘蛛の真実を語ろう。そもそも水の上を歩くなんて非効率なことをする必要な元からなかったがな。

 

水蜘蛛が水面を歩く道具として定着した背景には、昭和の人気漫画『忍者ハットリくん』が挙げられる。

この時、アニメのオープニングで水の上を歩くシーンが何度も放映されたため、水蜘蛛が水面を歩く道具として誤解されていると言われている。

 

実際には、水蜘蛛は田んぼや湿地帯に立つために開発された。

忍術体験館では水蜘蛛の上に乗って、湿地帯を立つ体験ができる。(実際の湿地帯ではなく、柔らかい地面が再現されたもの。)

 

これと先日のエントリーで書いた『流星』と合わせたら、無敵の攻撃力を誇ったとも言われる。このコンボ、最強!

 

忍び鎌は敵の城の石垣を登る時に使われた。

カプコンビデオゲームストライダー飛竜』でも、実際に忍び鎌を使って地形を攻略しているな。

 

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ひっかけのついた縄や忍び鎌や足袋などが展示されている。

忍者はどんな地形でも攻略できるように様々な移動手段を開発していたんです。

 

忍者の装備、とくとご覧あれ!

 

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忍び甲冑や鎖帷子(くさりかたびら)。

敵地に侵入するときはこの装備で、侵入する。

鎖帷子は間違っても、敵の刀に斬られそうになってもそこそこの防御力を誇る。

 

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忍者刀。(忍び刀)

これは色々な工夫がされていて、例えばさやの先端でも尖っていて突き攻撃ができるようになっているし、紐でさやを伸ばせば暗闇の中でも先制攻撃ができるチャンスも得られた。

 

それだけじゃない、つばが広いことで移動の手段にもなったし、侍の刀と違ってそもそも反りがなくてまっすぐだ。

 

一部装備がメンテナンス中ですみませんでした。(笑)

 

まきびしや手裏剣、鎖鎌。

 

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まきびしは敵に追われたときに足元にばらまいて錯乱させる働きがある。

甲賀流の方ではひしの実を使って、実際に食べ物としても重宝したと言われている。

 

鎖鎌の方は、普段は農民として農作業をしているのだが、いざ敵がやってきても、即座に対応できるように腕に鎖を仕込んでいたのだ。

 

阿修羅さんや羅威堂さんのショーでも、鎖鎌については詳しく書いたんやに。

 

吹き矢も、矢に毒を仕込んで音もなく敵を絶命させることができた恐ろしい武器だ。

闇夜にやられたらたまったものではない。(笑)

 

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手裏剣

忍者といえば、手裏剣。

三方や四方、六方、星型、十字、卍(まんじ、スワスティカ)、棒などがあって、投げ方も様々であった。

 

何と、寝ながらも手裏剣を放つことができて、いつでもどこでもどんな状態でも、戦えることができた。

 

ただし、手裏剣は思ったよりも重いので、連射ができる武器ではない。

むしろ、防御用の武器として使われることが多かった。

 

そして、打たれた相手を絶命できるように、トリカブトやフグ毒などが塗られたと言われている。

 

忍び装束。

 

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忍者が諜報活動をとっている時は、黒い装束に身を包む。

ポケットも多くて、様々な道具や武器を仕込むことができた。

肌の色を隠せるように、手袋に工夫がされていた。

 

戦国時代〜江戸時代は灯りと言えば、ろうそくや油しかなかったので、この姿で侵入したら、まずは見つからない。

 

まさに夜の迷彩と言えるでしょう。

 

忍者伝承館はこんな感じ。

忍者伝承館は、忍者がどのように継承されていったかを謎解いてゆくスタイルをとっている。

 

五色米。

 

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五色米は、青、黄、赤、黒、紫に染めた米粒で、暗号を伝える際に使われたと言われています。

 

戦国時代当時は、あいうえお順ではなく、いろは順だったので、現在のあいうえお順の表では、ランダムに並べられているように見えます。(いろは順だと規則正しくなる。)

 

よく謎解きゲームなどで、使われることも多く、子供達がイベントで読み解く姿が見られます。

 

徳川家康の伊賀越えで警護に当たっていた忍者が着ていた甲冑。

 

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徳川家康が伊賀越え(織田信長本能寺の変明智光秀に謀殺された時に、徳川家康は移動していた。)で警護に当たっていた忍者が来ていた甲冑です。

 

コアラのマーチ

 

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記念撮影のために使われたパネル。

売店も兼ねており、忍者ショーの阿修羅さんのDVDやTEEシャツなどが売られていた。

 

忍術の樹。

 

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忍術の系統などを示すツリー状のチャートです。

誤植があったのか、陰陽道安倍晴明(あべのせいめい)だけが張り替えられています。

 

忍術の系統が、百地三太夫石川五右衛門、そして服部半蔵などに伝わったのが見て取れます。

 

また、様々な書物などで、忍者が継承されて今に至るかと思うと来てよかったな。と思えましたね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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それでは、三重で逢いましょう!